投稿者:若松 桂子(藤が尾) 投稿日:2026/02/12

私は生まれて結婚するまで大阪市住吉区に住んでいました。近くには約1800年の歴史を誇る由緒ある「住吉大社」があり、海の神様、商売繁盛などのご利益で「大阪の氏神」として人々に親しまれています。
神功皇后ほか3人を祀ってあり、大きな大宮が四つあります。
また、渡るだけで心身を清め厄をはらうといわれる朱塗りの太鼓橋があり、その石造りの橋脚は淀君が奉納されたと伝えられています。
お正月は大変な賑わいで、本宮までたどり着かないので気の短い大阪人は遠くからお賽銭を投げるため屋根に沢山刺さっています。
何ヶ月に一度か取り外す日があるそうです。
十日戎、節分、日本一の御田植えと続きます。但馬に預けている黒牛が田の代かきを一部分だけですがやります。
田植えをしている間に田圃に造ってある舞台や畦道で武者行事、住吉踊り、稚児行列、神楽等が行われます。
夏祭りは日本一大きくて重い(2.6㌧)御神輿を長い道程を動かし、大和川の真ん中で堺の人に渡し、宿院の御旅所で祭典が行われます。
観月祭、御田植えの初穂を捧げたり、他にもいっぱい行事があります。
年に一度、私の中学校の同窓会を住吉大社の結婚式場の披露宴会場で行っています。
また、帝塚山には古墳があり子供の頃は登って遊びましたが、今は入れなくなっています。
帝塚山学院が管理しており届けを出せば入場できます。
さらに日本一古いと言われる「粉浜商店街」があり南海電車の住吉~粉浜までの約一駅の間に専門店が並んでいます。
肉屋、魚屋、昆布屋、鰹節屋、お茶屋、八百屋、果物屋、うどん屋、小間物屋、荒物屋、化粧品屋、靴屋、下駄屋、洋服屋、おもちゃ屋、本屋、時計屋、眼鏡屋、等々何でもそろっています。
大阪は戦争で殆どが焼けてしまいました。
でも私の家の周りは焼け残りました。
離れたところから我が家にこられた人は「この辺は焼けなかったのですか?」と不思議がられていました。蔵のある古い家並も未だ残っています。「焼けなかったのは、すみよっさん(・・・・・・)のお陰や」と親たちは言っていました。
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