投稿者:田中 暁子(天野が原) 投稿日:2026/01/20

昨年の春、娘2人と3人で四国の松山へ1泊旅行をした。
司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読み、是非行きたいと思っていた私の希望を受け入れてくれた。
時は明治の初め武士の世から新しい世に移り、激動の時代に生きた秋山兄弟や友達である正岡子規の生き様の話である。
旅行計画を始めるに当たり、私は当然3人で旅行社へ行くとばかり思っていたが何も言って来ず、ある日「お母さん泊まる所はこの中でどこがいい?」とメールが来た。私はビックリして「旅行社へ行かなくていいの?」と言うと全部ケイタイで調べられるから」と言う。
「そんなん名前だけで決められへんわ」と言うと詳しくも「ケイタイやパソコンで調べられるから」とにべもない。
当日もそう。大阪空港で待ち合わせをしたのだが、当然娘達が待っていてくれると思っていたがどこを探してもいない。
電話をすると私達が乗るのは全日空なのに日航のロビーにいたのである。
空港への通路の行き止まりに「日航」と「全日空」との表示があったのに私はそれを見ず人の流れについて行った先が日航だったのである。
「ああこんなことで無事四国へ行けるかしら」と不安になりつつ、「これからは親顔せず娘達に付いて行こう」と思ったら少し気が楽になった。
歳のせいにはしたくないが集中力がなくなってきたのは認めざるを得ない。来年度は町内の班長も廻って来る。元気な間は出来る事はやらせていただくのが自分のためでもあると考えている。
ナルク活動もしかり、よろしくお願いいたします。
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