投稿者:坂元 良子(妙見坂) 投稿日:2025/11/14
私の生まれは大阪府守口市豊秀町、京阪土居駅の近くです。

父親の仕事の関係で守口市だけでも3回引っ越しをしており、小学生の時には転校もあり何処が故郷かと言われると困ってしまいます。
唯一心の故郷として、両親が戦時中に疎開をしていた「京都府亀岡市東別院町」の小高い場所にある親戚の農家かと思います。
その家は大阪から茨木街道の山道を車で2時間ほどかけて到着するところです。
坂道を上がると広い前庭に車が止められ、農家なので庭の左手には野菜などを洗う為の池があり、右手には木造のトイレがありました。
その手前には昔は牛小屋があったそうです。
玄関をまたいで入ると広い土間があり、昔ながらの台所や広い和室が奥まで続いていました。
また、中庭にはニワトリが放し飼いにされており、裏庭には柿や栗の木が何本もありのどかな風景でした。
その家のお祖父さんがいつも原乳に砂糖を入れ、鍋で温めて飲ませてくれました。さらに、夕食には鶏すき(中庭にいたニワトリ?)がでて、美味しかったけれど複雑
な気持ちでした。
とりわけ私と同い歳で仲良くしてくれた息子さんに、裏庭の柿(ころ柿)や栗の収穫方法を手解きで教えて貰うなど、楽しい思い出ばかりでした。
その後、私が中学2年生の時、その家のご両親が守口の我が家に来られ、娘さんが亡くなられたとのことで、私を養女にもらえないかという話があり、将来息子の嫁にと思っていると言って帰られたそうですが、その話は一旦終わったみたいでした。
私の父も母も亡くなった今、詳細は分りませんが、後日、私の姉からその息子さんは銀行に勤められて、結婚もされ子供さんもおられると聞きホッとしました。遠い昔の懐かしい思い出です。
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